2004.10.16号 14:00配信
珍しく、競輪選手をモチーフにした作品です。新聞連載で長野新聞に掲載されており、2004年春頃に株式会社長野日報社から出版されました。 とにかく文章表現が繊細で美しく、スキャンダラス仕立てを追い勝ちな現代小説に比べて、登場人物の心理を丁寧に探求していく古典的なスタイル。かつ、飽きさせない展開で、とても読み応えを感じた作品です。 心の病で、自宅に引きこもりがちな毎日を送る主人公・井川みずきは、散歩先の公園に突然現れた、鮮やかなマリンブルーの競輪自転車に心を奪われる……大人の独身女性と、若く勢いのある競輪選手・沢木との交流をもとに話が展開します。知らなかった世界、自分とは違う種類の人間と触れ合うことを通じて、作中でどんどん鮮やかに変化し、たくましくなっていく、みずき。そんな彼女の心の変化を、読者も一緒に体感できます。後半、物語は、沢木の挫折という形で急変を遂げます。前半の爽やかな運びから一転し、ドーピングを中心に、暗く陰惨で歪んだ栄光の在り方や、舞台裏での苦痛が、迫力で綴られていきます。けして理想的ではない、それゆえに深みにはまっていく二人の関係が克明に描かれていました。 ある程度充実しているはずの生活に対して、突然どことなく不安感を感じてしまう、現代的な人間像の、みずき。それに比べ、常に自らを鍛え、勝敗にこだわり、がむしゃらな人生を送る「男」の象徴のような沢木。二人は、まったく一人ずつの人間であるかのように、リアルに丁寧に描かれています。「それは風に舞い散るというのではなく、樹が一枚一枚自分の意志で葉を落としている、と言ってもいい散り方だった」「水仙の蕾が大きくなって、触れると瑞々しい柔らかさが指先に残った」という感じに、何気ない箇所にも、印象的で、透明度の高い情景描写が散りばめられ、読んでいて、心地よい文章も魅力でした。 あなたが読んだ本で、これは「おすすめ」という本などありましたら紹介してください。 webnews@themis.ocn.ne.jp |