2001.1.21号 07:00配信


かぜの子ひゅるるん

さよママ

 町はずれのおかに、大きなさくらの木があってね。はるになるときれいな花がたく
さんさくんだ。花びらがかぜにのって町までながれていってね。町の人たちはみんな
「ああ、はるがきたなあ!」って、むねがワクワクしてくるのさ。でもなぜだろう?
ことしはいつまでたってもつぼみのままだったんだ。
 
 ひゅーひゅるる  ひゅーひゅるるん
 
 白いマントをひらひらさせながら、まっ白なからだのおとこの子がそらからストン
と下りてきた。きたかぜの子、ひゅるるんだ。ひゅるるんはさくらをみあげて、クス
クスわらった。
「へへん。はるかぜのやつ、おいらがこわくてこの木に花をさかせないまま、どこか
へいってしまったぞ」
 ひゅるるんはぴゅうととびあがって、上から二ばんめのえだにすわった。
「このえだのすわりごこちのいいこと!おまけにけしきはさいこうさ。おいら、しば
らくこの木のそばからはなれないぞ」
 おかのふもとの町にむかって、ひゅうといきをふきかける。するとたちまちつめた
いきたかぜが、町じゅうをかけめぐるんだ。ぶるぶるふるえる町の人たちがおかしく
て、ひゅるるんはおなかをかかえてわらうのさ。
 
 ある日、さくらの下におんなの子が一人やってきた。そっとちかづいてみたひゅる
るんは、おやっとおもった。おんなの子はさくらをみあげてシクシクないていたん
だ。
「ねえ、どうしたの?」
 ひゅるるんにはなしかけられても、おんなの子はきがつかない。かぜの子のすがた
はにんげんにはみえないし、こえだってきこえないのさ。
 つぎの日も、そのまたつぎの日もおんなの子はやってきた。ひゅるるんはきになっ
てしかたがなかったんだ。
(なんでまいにちここでないているんだろう)
(なにがかなしいのかなあ)
 とてもかわいらしい子だったから、ひゅるるんはいつのまにかその子をすきになっ
てしまった。だからある日、なきながらかえっていくおんなの子にそっとついていっ
たんだ。なんとかしてなぐさめてあげたかったのさ。
 おんなの子は、町はずれにある赤いやねのいえにはいっていった。ひゅるるんがま
どからのぞいてみると、お母さんにだきついてないているおんなの子がみえたんだ。
「きょうもさくらの下でないていたの?しかたがないのよ、ちいちゃん。ことしはま
だかぜがつめたすぎるの」
「でも、でも、さくらがさかないと、お父さんはかえってこないんでしょ?はやくあ
いたい、お父さんにはやくあいたいのにい…」
 ちいちゃんのお父さんはね、しごとをしにとおい町へいってしまったんだ。はるに
なって、おかの上のさくらがさいたらかえってくるってやくそくしてね。
 ひゅるるんはなんだかかなしくなって、さくらの木にとんでかえった。それからお
きに入りのえだにすわって、しょんぼりしながらちいちゃんのいえのほうをみた。
(さくらの花がさかないのは、おいらのせいなんだ…。どうしよう)
(おいらがこの木をはなれてどこかとおくへいけばいいのかなあ。でもそれじゃあ、
ちいちゃんにあえなくなっちゃうよ…)
 ひゅるるんはいっしょうけんめいかんがえた。
 やがておひさまがしずんで、よるがしずかにやってきた。まんまるいつきがよぞら
のてっぺんにのぼったころ、ひゅるるんはすっくとえだの上にたちあがったんだ。
「きめたぞ。おいら、このさくらの花をぜったいにさかせてみせるんだ。ちいちゃん
がもうなかなくてすむように!」
 それからひゅるるんは、りょうてをそらにむかってまっすぐにのばしたんだ。そし
ておおきなこえでこういった。
「かみさま、かぜのかみさま。おいら、あしたたびにでます。だけどそのまえに、ど
うしてもかなえてほしいことがあるんです…」
 ひゅるるんはそっとめをとじて、おいのりをした。するとよぞらのほしが一つ、キ
ラキラっとひかったのさ。まるでかぜのかみさまがへんじをしたみたいにね。

 つぎの日。ちいちゃんはやっぱりやってきて、シクシクないている。ひゅるるんは
そっといきをふきかけた。
 
 ひゅーひゅるるる
 
 きゅうにつめたいかぜがふいて、ちいちゃんはびっくりしてなくのをやめたんだ。
ひゅるるんはおもいきってはなしかけた。
「ちいちゃん、おどかしてごめんよ」
「だあれ?だれかいるの?」
 ふしぎそうにあたりをみまわすちいちゃん。ひゅるるんのこえがきこえたんだ。ゆ
うべひゅるるんがかぜのかみさまにおねがいしたこと…『ちいちゃんに、おいらのこ
えがとどきますように』、それがかなったんだね。
「ちいちゃん、もうなかなくていいよ。」
「ねえ、だあれ?どこにいるの?」
「おいらはかぜの子、ひゅるるんさまだぞ。おいらにまかせなよ。このさくらの花、
きっとさかせてあげるからね!」
 びゅうん。ひゅるるんはたかくたかくそらにとび上がった。どこへいくのかって?
とおりすぎてしまったはるかぜをおいかけるのさ。もういちどこの町につれてきて、
さくらにあたたかいかぜをふきかけてもらうんだ。
 ぐんぐんどこまでもひゅるるんはとんでいく。でもなかなかはるかぜをみつけられ
なかった。大きな山をこえた。ひろいうみもわたった。すっかりくたびれてひとやす
みしようとしたとき、ようやくうすももいろのはるかぜのしっぽをみつけたんだ。
「おーい!おいらがわるかったよ!もどってきてよ!」
 はるかぜはへんじをしてくれない。ひゅるるんは大いそぎでおいかけた。
「おねがいだよ!さくらの花をさかせておくれよ!」
 なんだかだんだんからだがあつくなってきた。つめたいきたかぜの子、ひゅるるん
にははるかぜはあたたかすぎるのさ。あたまがクラクラして、からだじゅうのちから
がすうっとぬけてきた。
(まけるもんか…ちいちゃんにやくそくしたんだ…!)
 あともうすこしだ。ひゅるるんはがんばった。そしてとうとう、はるかぜのしっぽ
をつかまえたんだ。でも…かわいそうに、そのとたんにきをうしなってしまったの
さ。
 あたたかくてやさしいかぜが、ひゅるるんをふんわりとつつんでくれた。ひゅるる
んのまっしろいからだがすうっとすきとおって、かぜのなかにとけていく。
 …しんでしまったの?
 ちがうよ。
 ひゅるるんは、はるかぜになったんだ。

 やまをこえうみをこえ、あたたかいかぜをつれたひゅるるんがちいちゃんのいる町
へかえってきた。
 
 ふわあり  ふわふわあり
 
 おかの上でひとまわりすると、さくらの花がいっぺんにさきだしたんだ。町の人た
ちがよろこんでかけよってくる。ひゅるるんはそのときみたのさ。
 お父さんに手をひかれて、うれしそうにさくらをみあげている小さなおんなの子。
「ありがとう、ひゅるるん」
 そういってそらにむかって手をふっている、ちいちゃんをね。


                               おわり




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