2001.3.19号 07:00配信
僕等の旅のサポートをしてくれているのがシバ、彼である。彼は平成12年にそれまで働いていたホテルの仕事を辞め、友人と共に旅行会社を作った。ネパールの首都カトマンドゥ、その中でも観光客の多いタメル地区、その繁華街の一角に彼の会社がある。「スペリオール トレックス&エクスペディション」という旅行社だ。 飛行機のチケット手配、ホテルの斡旋、ツアーガイド等様々な役を彼はこなす。その会社の中でも彼が一番の稼ぎ頭だ。彼はランタン基金の会の現地支援団体、「ランタン・ファンデーション・ウッタルガヤ」というNGO団体の一員。ランタン基金の会が支援している村、ベトラワティ村の出身の30歳になる純真なネパール人男性。平成11年に彼は3ヶ月間もの間、日本でランタン基金の会の仕事を学んだ。紋別にも10日程滞在した彼は、ひとの会会員の仕事を見学し、ホタテ船にも消防自動車にも乗った。彼はこうして様々な人と話し、日本語も学んでいった。その成果が今日の彼の仕事に活かされている。 彼は妻と子、3人での生活をしている。奥さんのアプサラは学校の先生をしていたが、おなかには8ヶ月になる赤ちゃんがいて現在産休中。子どもの名前はパラサムサ、4歳半の女の子である。1月2日、僕等はシバの奥さんの招きで、昼食をご馳走になった。彼の家はカトマンドゥ郊外のアパート、2LDKで家賃は1ヶ月2200ルピー。一人あたりのGNPが220USドルのこの国では、少々高めの家賃といえる。僕は彼の奥さんと子どもにお土産を持ってきた。パラサムサには折り紙、そしてアプサラにはがま口の財布。二人ともとても気に入ってくれ、パラサムサはすぐに折り紙を折り始めた。 シバ家の昼食はとてもおいしかった。シバが紋別に訪れたとき、彼にネパール料理教室を開いてもらったことがある。その時の料理よりも数段おいしい。やはり料理は奥さんが上手だ。シバのことを紹介するとするならば、ちょっとスケベで酒好きな、争いごとが嫌いな真面目なネパール人とでも言うところか。僕のネパール語の半分は彼から教えてもらったものだ。でもそのほとんどが男と女の会話のこと。彼は良い面でも悪いことでも僕に色々なことを教えてくれた。 ネパールで家族のために必死に仕事をこなす彼の姿は、いつになく男らしく見えた。いつも冗談を言って笑わせ、きれいな女性をみると目を輝かせ、五感を最大限に活用する。しかし、仕事になると寝る時間を惜しんで、ツアー客と話し込み、会社の経理やホテルのマネージメントなどもこなす。そして自らもNGO活動を行う。仕事とは別の彼の様々な顔を見ることができるのは、お客さんとしてではなく、友人として彼とつき合う僕の特権でもある。 |