「昭和補給隊」が着々とドームに近づいて来たある日。福田ドクターが越冬中最高の泥酔状態に突入した。事の発端は夕食の時から始まった。
オーブンで焼き上げたベイクドポテトの上に一口サイズのさいころステーキを敷き詰め、その上にほうれん草のソテーや人参のグラッセ等を彩りよく散らしたのをメインとして出したのだが、この料理にはこれと言った名前がなかった。当直の「川村兄ちゃん」が「あの牛の料理なんて名前ですか??」と聞かれたが名前がないのだからちょっと困った。「野菜ごっちゃらこ盛りさいころステーキでいいんじゃないのー。」といい加減に答えたが、真面目な兄ちゃんそれでは納得しなかった。「そんな名前じゃまずそうなのでなにか考えまひょ・・・そうだ畑の物一杯使っていたから 一口ステーキ百姓風ってのはどないでっしゃろ????」この一言がそばで聞いていたドクターの笑い神経??を強烈に刺激した。
「ははははははははははははははははははははは!!私は別に農家の人に偏見を持っているわけでもなんでもないんだけどその言い回しがさ、おかしくてはははははははははは」このハイテンションのまま、食後に開店したBAR「ピンクのえてこう」・・・又名前が変わっている・・・・まで持ち越され、「その言い方がサーはははははははははは」の言葉と共に、ウイスキー・焼酎・日本酒・コアントローガメリタンスク・紹興酒・ブルーキュラソーペパーミントと、見ただけで顔が黄緑になりそうな種々様々の酒を飲みまくった。1時間程この状態が続きやがてドクターふっとみんなの前から消えうせた。寝たのかな位に考えていたが、30分程して又々ドクターの大声が廊下に響き渡った。「今サー日本に電話してるから、誰か出ない?? 俺の女房と話せるヨー」酔うとやたらに家に電話をかけまくり、まだしらふの奥方と話させたがるオヤジはよく見かけるが、福田ドクターこれを衛星電話で日本から1万6000kmも離れたドームでやったのである。3分間¥1.600だから・・・・・。
おそるおそる受話器に耳をあてると「お父さんもういい加減にしなさい!! 切っちゃうよほんとに・・」と遠く離れても、夫をきづかうやさしい奥様の怒声が流れてきた。「すみません、もう寝かしますから・・」と電話を切ったのだが、ドクターもうすでにこの場所からはいなくなっていた。将来の姿が浮かんでくるような、徘徊が始まったのである。狭い基地だから行くところは限度はあるのだが、それでも凄いスピードであちこち顔を出しては愛嬌を振りまいていた。
結局この騒ぎは朝の03:00まで続いた。翌朝11:00頃にたたき起こしたが、本人まったく記憶がないようで、「気持ち悪いのだけど、みんな私に何を飲ませたのかしら??? 私は本来あまり無茶飲みはしないんだけどブツブツブツ」この後越冬終了まで、「徘徊オヤジ事件」は2回ほどあったが、これ以上ばらすと日本から優秀な「麻酔医」が一人消えるきっかけにならないとも限らないので打ち止めと言うことで・・・。
酔っぱらい中
次の朝・・・
注意:写真はすべて国立極地研究所に属します。
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