2000.1.5号 13:30配信


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北見市役所文芸部発行「青インク」より

夜   警

津 幡 かつはる


 「ナイト・ウオッチ」という絵に出会った。薄暗い袋小路、隊長たる人物を中心に、黄色の衣を着た副官と二人の少女、火繩銃を持つ兵士たちがその周りを囲み、動きがあり、しかも、それぞれが個性豊かに表現されている。人物は等身大、縦三五九センチ、横四三八センチもある大作である。さらに絵の前は、そこだけが黒山の人で、動きが鈍く、異様でもある。この様子からアムステルダムの国立美術館のメインであることがわかった。作者は、明暗の画家、魂の画家、加えて今日、世界絵画史上最大の画家とまでいわれているレンブラント。名前はよく聞いていたが、セザンヌやピカソ、ゴッホほどの興味もなく、画集など印刷物で見た程度。どのような特徴がレンブラントなのか分からないでいた。ところがこの絵には唸った。単に、印刷物と本物の違いだけではなく、思わず足を止めるほどの引き付けるものがある。感動して、動くことがもったいなく、しばらく、その場に立ったままでいた。
 レンブラントは一五才で絵を描きだし、二三才ですでに巨匠と呼ばれた肖像画家である。彼の作品は単に記念写真のような前向きのポーズではなく日常の生活、動きの中で人間相互の連帯感と緊張感を表現している。「ナイト・ウオッチ」は歴史上の事件の場面風にも見せる群衆肖像画である。描く技術はもとより、明暗の対比、色彩、さらに構図までも計算し尽くされ、ドラマチックな肖像画に仕上げている。対照的に、同じ美術館にある「織物業者組合の幹部たち」は、六人が並んで会議中に来客か何かがあり一斉にその方を見つめ、左から二人目の男が今立ち上がろうとしている。見ているうちに、自分がその場にいるような錯覚に陥ってしまうほどの絵である。約二メートル×三メートルの大画面、これにも圧倒された。描かれた人々は静的でも、絵のもつ迫力はすごい。
 さて、本題の「ナイト・ウオッチ」、陽光を浴びる肖像画が好みのレンブラント、ほとんどの作品は左上から光が射しているのだが、この場合も強い光に比べ暗い部分が多いことから、夜の感じになってしまい、作者の意に反して「ナイト・ウオッチ」つまり「夜警」と呼ばれている。実は「バニング・コックと彼の中隊」が正式な題であるという。この群衆肖像画は一六四二年に注文された。それは、アムステルダムの火繩銃兵隊の市民防衛兵中隊の隊長にバニング・コックが任命され、この時に製作依頼されたものである。完成から三〇〇年後に修復されているが、その後も「ナイト・ウオッチ」と呼ばれている。おそらく、この時も画題にまつわる論議があったに違いない。
 本人はこの「夜警」は最高の出来である、と思っていたし一般の評判も良かった。ところが、発注者たちの評はあまり良くない。光、明暗の技を見せることが、ある者を陰の中に押し込めたり、また、前の者と重ねたりしている。その者たちの不満があったからなのだろう。
この絵を境に、レンブラントに、夫人やこどもたちが次々と死亡するなど不幸が押し寄せる。絵のほうも思うように依頼がない。それでもレンブラントは細々と描き続けた。約三〇〇〇点もの油絵、素描そして版画が世界の美術館に収蔵されているが、他の画家と違い、描いても売れないであろう自画像が一〇〇点もあり、これもレンブラント絵画の変化、心の変化をも知ることになり、研究する者も多い。 六三才の初秋、運河に沿った小さな家で没し、無名の貧しい人々と共に教会の床に埋められた。墓石もないという最期であった。不幸はまだ続く。レンブラントの死後四六年、今まで収めてあった兵隊会館が取り壊しになるのでアムステルダム市庁舎に移す、という事になった。ところが壁より絵の方が大きい。どうしたかというと、いとも簡単に作品を削ってしまったのである。下のほうは二八センチ、左側はなんと六四センチも削って捨ててしまった。残ったのは八割である。こうなると、もはやレンブラントの絵ではなくなっている。
 「夜警」は国立美術館の象徴であり、トップフロアーの中央、一番奥二二四号にある。隣の部屋には解説コーナーがあって、両方の部屋を頻繁に行き来した。削られる前の絵との対比、構図など詳しく説明してくれた。下部は二八センチとはいえ削ったことにより、全体が地中に潜りこんだようになっているし、左側の、削られた中の二人の兵士には気の毒としか言いようがないが、絵の中心であるコックは当然左側に寄ってしまい主役はコックと、もう一人の副官になってしまった。依頼主が、別の画家に複写させたものが、縮小されてはいるが流れ流れて英国の美術館あり、このほうも人気があるという。  先日、NHKテレビ「日本人の質問」でこの絵が登場した。八カ月振りの再会で懐かしかった。質問は、「夜警」の左側の二人の兵士を削った理由は?というもの。四つの答えがあったが、正解は展示スペースに収まらず削った、ということになる。
 オランダ、アムステルダムでの一日は、早朝にアンネ・フランクの家を訪れ、後は「レンブラントハウス」で疲れるだけ素描をみて、ここ国立美術館では時間をかけて見て回り、ついに足も頭も痛くなってきた。最後のレンブラントの分を残しておくべきだったと閉館間際にして悔やんだ。
 今まで、国内外で多くの絵を見てきて、レンブラントの記憶がなかったことが不思議である。その上よく聞いていた「夜警」が「ナイト・ウオッチ」直訳そのものであった、ということが、帰国してから分かったこともお笑いというか、英語の能力が乏しいというか、複雑でもある。
 これまで、全くレンブラントを知らなかったからこそ、このような感動があったのだ、と自分を慰め再びレンブラントの人間性まで求めて「夜警」に会いに行くつもりでいる。


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