真冬、学生時代の友人がやって来た。大企業の物理屋さんである。典型的仕事人間だから流氷まつりが目的であるはずがない。流氷についての質問攻めである。
流氷の総量も知りたいという。目的は何んだと聞くと、彼は企業機密だとすましている。ついに、オホーツク海の流氷の量について講釈するはめになった。流氷の分布は、人工衛星の観測からよく分かる。オホーツク海は11月下旬頃から凍り始め、流氷域が最大になるのは3月中旬、オホーツク海の面積のおよそ80パーセントが氷野となる。
さて、氷の厚さが分からなければ、流氷の総量は求められない。氷の厚さは、海から奪われる熱量によって決まり、気温が低いほど、寒い期間が長いほど厚くなる。寒さの度合を表す積算寒度という値がある。それは凍り始めてからの平均気温(もちろん氷点下)の合計である。氷の厚さはこの積算寒度の平方根に比例するのだ。
比例常数は約2.1である。例で示そう。シベリア大陸沿岸のオホーツク市では、流氷が厚さを増す期間は12月から翌年4月までの約6カ月間(180日)で、この間の平均気温はマイナス15.6度である。
これから、ここの積算寒度は、ほぼ15.6(度)×180(日)=2808(度・日)となる。したがって、氷の厚さは、2.1×(2808の平方根)=111センチメートルとなる。このように、気温(気象データ)から各海域の氷の最大氷厚が推定できる。
流氷の広がりと厚さの推定値から、オホーツク海の流氷の総量を求めると約9800億立方メートル、重量にして8600億トンとなる。これは東京ドーム80万杯分に相当する。ここまで聞くと、彼は電卓を取り出してなにやら計算を始めた。自分だけ納得したような顔をしながら、それだけできれば十分だと言った。実は、気象庁は50年後のオホーツク海の気温は4度上がると予測している。これから推定すると、この沿岸では流氷ができなくなるかもしれないぞと脅してやった。すると彼は、その時はもう俺はいないから関係ないよと言って帰っていった。相変わらず無責任な奴だ。だけど流氷の有効利用にはちょっと気になった。
流氷の量、強度、潜熱、オホーツク海〜東京の航行日数・・・、彼との対話の中のキーワードを組み合わせて、僕は考えた。彼は、流氷をヒートアイランド・東京のアエコンの冷却水にでもと目論んでいるのではなかろうかと。巨大な口を開けた無数のアイス・タンカーが流氷をつぎつぎに飲み込んで東京へ運ぶ。オホーツク海の海明けが早くなり、やがて魚もいなくなる。こんな情景を想像しながら、これじゃ末世だなと、僕は呟いた。
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