2000.2.8号 21:00配信


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流氷の世界(8)

流氷−それは海からの素晴らしい贈りもの


流氷の功罪−−流氷祈願祭

一昔前の話である。海は流氷で覆われ、浜は長い眠りに入っていた。寒空の浜に漁師たちが集まっていた。近寄って見ると祭壇の前で神主さんが祝詞(のりと)を唱げている。日頃の陽気な漁師たちが、神妙な顔をして頭を垂れている。背後から何やってるの? と訊くと、流氷早期退散祈願祭だと小声で教えてくれた。

祭はいまも続けられている。しかし流氷早期到来祈願祭 と名を変えていた。流氷を暦に30年、この浜で暮らした筆者には隔世の感である。はたして流氷は恵みか、それとも厄介ものなのか。流氷が近づくと、小型漁船は陸に揚げられ、底引き船は日本海や太平洋へ回航する。流氷は漁民から職場を奪い、出稼ぎに追いやった。流氷が漁船を襲い、航行不能、沈没という悲劇も起こす。船乗りにとって、流氷は白い魔物なのだ。

流氷が沿岸の漁業施設を壊したり、昆布を引きちぎり、ツブ、ウニをすりつぶすこともある。流氷は漁師にとって厄介ものだった。ところが、いまや、流氷は貴重な観光資源、商店街の人びとは流氷を待ちわびる。目の仇にしてきた漁師たちも「流氷が遅いが大丈夫か」と言うようになった。プランクトンを運ぶので、流氷が多い年は漁模様がいいというのだ。流氷が乱獲を阻止しているだけだと皮肉をいう人もいるが、かっての宿敵流氷が、いまや浜の救い神となった。

流氷の恩恵は、水産や観光だけではない。海が凍ると波は消える。秋からオホーツク海は時化が続き、波浪が海岸の土砂を流し去る。流氷は自然の浮き防波堤となって海岸を守る。海が荒れると、波しぶきが空中に飛び出す。しぶきは蒸発しながら飛行し、急速に塩分が濃くなっていく。しぶきが付着すると草や樹木は枯れてしまう。流氷はしぶきを抑えて、畑や森林を塩害から守っている。コンブなどの海藻を育てるには、海の雑草とりー磯掃除ーが重要である。オホーツク海では、この磯掃除という大役を流氷がやってくれる。

オホーツクの海辺の人々は、このように功罪両面をもつ流氷とともに暮らしている。よく「流氷を役立てる手は無いのか」と聞かれるが、流氷の存在そのものが恵みである。流氷あっての豊かな海、素晴らしいふるさとの海なのだ。


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