8月6日、原爆記念日の夜、海辺の花火大会で、高校三年の高見沢熔子は、磯野先生に偶然に出会う。はなやかな花火の下で磯野先生は突然問いかけた。
「君はゲンシュクという言葉を知っているかね?
ゲンシュクというのは、一つの死をを前にして何かを心に誓う状態のことなんだ」。
場違いな質問に思えた。しかし磯野の真剣なまなざしに思わず魅かれていく熔子。夏休みの終わり近く、熔子は磯野の家を訪ねた。広島のピカの光を見た奥さんと暮らす磯野先生は峠三吉の『原爆詩集』を熔子に贈る。
そこには、熔子が初めて接する地の底からの叫びが渦巻いていた。
ちちをかえせ
ははをかえせ
としよりをかえせ
こどもをかえせ
わたしをかえせ
わたしにつながる
にんげんをかえせ
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1945年8月6日、広島市民が受けたいわれのない惨苦のなかから、その母、その子、その妹のいいえぬ叫びが伝わってくる。
磯野先生はみずからの戦争体験を語り、熔子に語りかけた。
「こわれやすい平和の時代に育った君たち、歴史の真実から目をそむけないでほしい」。 |