2001.9.29号 07:00配信
9才になる、おばあさん牛の『セジス・ウォーデン・オードリー』は、私の嫌いな牛です。なぜなら、搾乳の時、左右の足をバタバタと交互に足踏みし、気を抜いたなら、その足は私の体に命中するからです。私の体は、何度その硬い爪の被害にあった事でしょう。彼女の横に屈む時は、いつも最深の注意が必要なのです。 このおばあさん牛は、8月下旬に予定日より一ヶ月早く早産し、出てきた仔牛は、通常よりはるかに小さく息はしていませんでした。早死産という辛い分娩をした後の彼女は、産後の回復が悪く、食欲不振の上に乳房炎。そのうち自力で立つ事さえ困難になりました。搾乳は、沢山のエネルギーを消費し牛に負担がかかりるため、状態はますます悪くなり、私達はこれを諦めました。ホルスタインが、搾乳という能力を絶たれた後は、食肉用などとして市場に出荷されます。そんな矢先、狂牛病という恐ろしい病気が発生しました。生後30ヶ月齢以上に達した牛の出荷自粛。9才になる彼女は、まさに対象牛。万が一出荷出来たとしても、足の悪い牛に値段は付かないという話を耳にした私達は、「屠畜検査の際に狂牛病の検査が実施できる体制が整うまでの間」という但し書きに期待し、牧場に残す事にしました。 その後も体力は衰え続けました。寝起きが巧く出来ないため至る所に傷を作り、患部には膿が溜まり始めました。どんな餌を与えても食さず、見る見る痩せ、腫瘍ばかりがボコボコと目立ちます。自分の体を支える事も出来ず、立ち上がってもフラフラとし、以前の足踏みは見られなくなりました。体を持ち上げる体力もなくなった彼女は、ヒトの姿を見ると何かを訴えるように、低いトーンで鳴くのです。ただただ鳴きながら死を待っているように思えて、居た堪れない気持ちでいっぱいでした。 そんな低いトーンの鳴き声も、今日の昼を最後に聞こえなくなりました。あの貫禄あるおばあさん牛の巨体は、無惨にもその最期を迎えたのです。病床で、自分の体さえ扱う事が出来なくなった彼女は、ヒトの世の都合で、どれほど苦しんだ事でしょう。こんな今も、テレビのニュースからは、沢山の頭を並べ、論争している様子が流れています。関係機関が、あれやこれやと紛争している今も、大きな体の小さな命は、なんの抵抗も出来ずに静かに消えていっている事実があるのです。 |