2000.3.21号 06:00配信


Home


ネパールびっくり体験記

お気軽ボランティア



さてと。遊ぶのも飽きたし、そろそろ仕事の話をしましょうか。
仕事といっても大した事はない。だって、何やるかを具体的に知ったのは行ってからだもん。行く前に、ヘレンケラー協会に問い合わせたけど、返ってきた答えは「現地で聞いて下さい」おいおい、大丈夫か?と思ったが、全然大丈夫だった。

ネパール盲人福祉協会(以下NAWB)は、点字教科書の配布と盲人の自立支援を行っている団体。カトマンドゥ本部では約30人が働いていた。2階建てで、2Fには事務室、会議室、コンピュータ室、校正・編集室とお偉いさんの部屋がある。私が働いてたのは主に1F。1Fでは、2Fのコンピュータ印刷とは打って変わって、手作業でえっちらおっちら本を作っていた。手順は、以下の通り。

1.印刷用紙に糊しろ線つける。
2.つけた線に沿って紙を折る。
3.2枚重ねのプラスチック原版に紙をはさみ、プレス。
4.原版から紙を外し、端を揃え、背を糊付け。
5.1日乾かしたら、表紙を糊付けして出来あがり。

糊しろをつける機械、原版を打つタイプ、連続プレス機はあるが、他は本当に手作業だ。ネパールへ行く前は、一体どんな肉体労働かと不安だったが、これなら、か弱い(?)私にも出来そうだ。現地スタッフは、男性3名、女性1名。タイピストのトゥルーシィ、プレス担当のプレム、ゴンガ、製本担当のアンビカさん。製版室内は、うぃ〜ん、がたがた、がちゃんと機械の音が鳴り響く。昔の歴史教科書に載ってた、家内制手工業みたい。最初は簡単なプレスばかりしていたが、最終的には
製本もやった。これが簡単そうでなかなかきれいにならない。インド製のぶ厚い紙を使用しているので、きちんとまとまらず、ページが不揃いになってしまう。四苦八苦していると、みんなでやってきては、「もっと速く」と急かされたもんだ。

冬時間(11月半ばから2月半ば)の就業時間は、
 月〜木 10:00〜16:00(休憩12:30〜13:00)
 金  10:00〜15:00
 土  休 日
夏時間の間は、月曜から木曜が17時までとなる。長期休暇は10月のダサイン祭りの時だけ。他は祝日が時々あるのみ。忙しそうに聞こえるが、突然の休みがしばしばあった。例えば、ネパール国王がインドへ行った日。帰った日。NAWB創立記念日。デモの日。ヨルダン国王が亡くなった日。記念日とデモの日は分かるけど、国王のインド訪問日がなんで休みになるのか謎だ。しかもその日に突然決まる。当時、私はペンションサクラ裏のゲストハウスに一人で住んでいた。テレビもラジオもなく、情報源はNAWBで読む新聞だけ。電話は繋がりにくいので、事前に教えてくれる人もいなかった。だから、朝出かけようと、サクラの庭を通りがかった時に初めて、「今日は休みだよ。」と教えられる日もあった。早起きして掃除と洗濯をし、完璧に支度をしたのに!「え〜!」って感じでしょ。

公休はこんな風だったが、私はいつ休んでもいいと言われた。遅刻も早退も休みも自由だと。なんてお気楽なボランティアだと思いませんか?いつ休憩してもいいし、いつ外出してもいいんだよ。これってあり?本当にいいの?と思いながらも、私は言いつけ通り、週に1度は休んでいた。もちろん、ただ遊んでいたのではなく、福祉施設や視覚障害者のお宅を訪問して社会学習していた。あ、これは遊んでるのと同じか。

とにかくNAWBでは、私は何してもOKだった。というより、従業員ものんびり働いてたね。せっせとプレスしてたかと思うとすぐ、お茶を飲んでお喋り。製本室へ入って来た猿を追い掛け回したり、ちょっとお店に出掛けたり、のん気な職場だった。そうそう、スタッフの子供が遊びに来てた日もあったっけ。それでもノルマは一応あるらしく、製本数を毎日記録していた。1日13〜15冊作るから、1ヶ月で約350冊かな。1年では、約4,200冊だ。雑誌は1ヶ月に1回発行。あくまでネパールレベルだが、それなりに成果は上がっている、のかな?

果たして、私は本当に役に立ったのだろうか。点字本製作なんて誰でも出来るし、特に人手不足ではなかったはず。人件費の要らない労働力は提供したが、代わりはいくらでもいた。短期でちょっと来て、ちょっとした仕事をちょっと手伝っただけ。役に立ったどころか、色々トラブルを起こして迷惑をかけたぐらいだ。最初は、言葉も分からなかったし。帰国してしまえば、そこには何も残らない。日本の情報は色々教えたが、それが何の役に立つだろう。私のボランティアなんて風が通りすぎたのと同じ。

それでも彼らは、私を「仲間」だと言った。作業で改善すべき所を言ったらちゃんと考えてくれたし、相談にも乗ってくれた。学校見学へ行きたいとお願いすれば、都合をつけて連れて行ってくれた。セミナー、スポーツ大会、コンサートなど、障害者イベントには必ず呼んでくれた。その上、ボランティア最後の日には、お別れ会を開いてくれた。大した事してないのに。彼らの本音は沢山聞いたし、ネパールの良い所、悪い所も、包み隠さず教えてもらった。ただの旅行とは違う体験が出来
たのは、彼らのお陰だ。今も、ネパールと関わり続けていきたいと考えているのは、そこで得たものが大きかったからだろう。ネパールでの生活が、どれだけ素晴らしかったか、楽しかったか、とんでもなかったかを、これからも伝えていこうと思う。私のボランティア体験を無駄にしない為に。


backnext

●あなたのご意見やご感想を掲示板に書き込んでください。

index掲示板


Home
(C) 1999 Webnews
ご意見・ご感想・お問い合わせは webmaster@webnews.gr.jp まで。