設営と観測、業界用語でだらだら書いてきたが、38次隊のドーム基地ではどうだったろうか・・・。なかった。
昭和基地と比べて総勢9名の零細企業のせいか、そんな確執は個々の心の中まではのぞけないが、表だってはまったくなかった。そんな暇がなかった。とにかく、何をするにも総員に近い人数で行わなければまったく進まない状況で観測からドカチンまで、何でも総員作業である。総員と言っても、9名である。不在者はすぐわかるし、さぼっているのもすぐばれる。狭い基地で、年から年中顔を合わせる濃い暮らしをしているせいか越冬も時期が進むと、朝のトイレタイムまで、爆撃決行中が誰であるか何となくわかってしまう。
「観測隊副隊長」と肩書きがついている御仁もいたが、(事実最初は帽子に副隊長と記されたタグをつけていた。)自然に「副隊長!!」と呼びかける習慣はいつとはなく消えていき、呼び方も副隊長→金戸さん→金ちゃんと推移していった。オペレーションを起案した人がリーダーで、その他の人達は兵隊と言う構図が、自然に構築されていった。提案したらその人が大将になって進める形の直接民主主義も、慣れてくればそれなりにいいもので、まずストレスが溜まらない。部長も課長も何もかもいないここでは人間が生のままさらけ出される。私の様にずぼらで、日頃から生しかさらけだしていない者には、心地よく日々を過ごしていけるが、管理社会にきっちりはまって生きている人には、何とも無頼な姿に映るかも知れない。まあ観測の成果も出して・・多分・・。ストレスで首を吊り、冷凍で帰国した隊員はいないので極地で暮らしていく形態は、こんな形が一番いいのかも知れない。
写真「ドーム唯一の決定機関 全体会議風景」
注意:写真はすべて国立極地研究所に属します。
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